2009年7月19日日曜日

二重の虹

 





   言葉になりません

   素敵な誕生日プレゼントありがとうございました。

2009年7月16日木曜日

虫と僕との距離

 





 アトリエにちょっとした庭がついてるんですが、この前草むしりしたばかりなのにもう雑草が生えてきて

しまっています。それでもってじっくりと庭を観察してみるとけっこう虫がたくさんいるんです。それはもう

アリやらダンゴムシやらシャクトリムシやら謎の幼虫やら色んなのがいるんですけど、ふと気がつきまし

た。僕は虫がとても嫌いになっているようです。なんか嫌悪感というか、凄く触りたくないと感じてしまうん

ですよね。。。



 そこで   クワガタ カブトムシ カナブン セミ チョウチョ トンボ カマキリ テントウムシ カミキリムシ 

        アリ ダンゴムシ ナナフシ カメムシ シャクトリムシ バッタ キリギリス コオロギ スズムシ

        タマムシ カタツムリ ナメクジ アオムシ クモ ゴキブリ カ


 以上の代表的な昆虫を、僕の子供時代と現在の2期で好き嫌いを分類することで、僕の虫に対する感じ

方の変化を探ってみました。

       
      


  *子供の頃
   

 好き(触れたいと感じる)       クワガタ カブトムシ カナブン セミ チョウチョ トンボ カマキリ テントウムシ 

                       カミキリムシ アリ ダンゴムシ ナナフシ カメムシ シャクトリムシ バッタ 

                       キリギリス コオロギ スズムシ タマムシ カタツムリ ナメクジ アオムシ 

 
 嫌い(触れたくない、気持ち悪い)  クモ ゴキブリ カ





  *現在


 好き(触れたいと感じる)       クワガタ カブトムシ セミ チョウチョ トンボ カマキリ タマムシ 


 嫌い(触れたくない、気持ち悪い)  カミキリムシ アリ ダンゴムシ ナナフシ カメムシ シャクトリムシ コオロギ

                       スズムシ ナメクジ アオムシ クモ ゴキブリ カ


 特に何も感じない            カナブン テントウムシ バッタ キリギリス カタツムリ
 




子供の頃と比べて今の僕は虫が嫌いになってるのは一目瞭然です。そりゃあ大人になれば虫嫌いになる

のはごく普通のことなのかもしれませんが、ちょっと待ってください。その変化はつまるところ、僕と虫との間

に距離ができてしまったということなのです。もっと言ってしまうと、僕をとりまく世界全体と、人間社会に属す

る僕との間に歪みが発生したということです。確かに子供の頃は、ごく自然に虫を捕まえ、かわいがったり、

殺したりしました。ごく自然であり、虫と一体感があったのです。知らず知らずのうちに人として生きていく中

で、「この虫は良い虫、あの虫は悪い虫(害虫はしょうがないかもだけど)」と(ある意味)洗脳されてしき、距離、

歪みが培われていったんだと思います。なんかすげーヤダ。

 もちろん昆虫だけでなく、こういった歪みは無数に存在しています。大人に比べて子供は純粋に楽しく、自由

(世界とつながってる)であり、柔軟な感性をもっているのは、大なり小なりこういったことからであり、歪みが

少ないんだと思います。

 だけれどもそんな人の歪みを全部が全部否定しているわけではありません。歪みが人間らしさでもあります

し、そんな歪みで社会は形成されているわけですから、良い面もたくさんあります。嫌いになったらそれはそれ

でアウトです。ただ、子供のようにくもりない目で世界を見つめ、つながり、純粋に楽しくいることがたくさんのア

ツいアイデアなどを格段に引き寄せやすくすることも事実だと思います(最近気づきました)。この愛すべき歪ん

だ人間社会の中で、人の胸を打つような服をバンバンつくっていきたいと思います。


 ようやく前コレクション受注分の生産にメドがつき、次のコレクションの服をつくりたくてつくりたくてウズウズし

ております。僕は自由だ。今年の夏は楽しくなりそうです。キャンプ行くついでに昆虫採集もしてきます。 

  
   
 
 

2009年6月21日日曜日

ラムネアイス


 
 

 


 1,2ヶ月程前からファミマで見かけるようになり、最近の朝はこいつを食べて始まることが多いです。

おおげさではなくもう30本位頂いています。今年の夏はおそらく50本位食べるんじゃないかと思います。

いい感じにやすっぽいガリガリ君ぐらいの大きさの、いわゆる昔よく食べたラムネバーです。値段も62円

とかっこよく、なんとなくポリシーというか、男気のようなものを感じます。

 おいしいですよ。 


2009年6月11日木曜日

世界とひとつに

 

 





 裁断バサミです。

 もうかれこれ文化に入学したときに購入したものだから8,9年程使用しております。見てのとおりさびております。

これ以上ないほどさびていて、7年位前からこの状態なんですが、さびるのもいくところまでいったようで、7年位前

から切れ味には変化はないように思います。よく仕事道具をきちんと扱えない者は良い仕事なんてできねーよとお

っしゃる方もいますが、知ったこっちゃないです。だってしょうがないじゃないですか、僕は根本的にずぼらでだらし

ない人間なんですよ。とはいってもそれは僕自身にとってのことであって、社会ではだらしないやつでは不適合な

面が多いので、僕はどうにかこうにかあの手この手でだらしなさを克服できるように意識してきたため、少しはまし

になりました。でもふとしたときこのさびたハサミを見ると、やっぱ僕ってだらしない性分なんだろうなと感じてしまう

のです。結局砥ぎにも出してないですし。でもそんな自分に悲観的になるなんてことはありません。

 そりゃあ、あたりまえのあたりまえの、そんなこといちいち書くなよってかんじのことですが、世の中にはたくさん

の色々な性分、感性、資質、十人十色の人たちがぐにゃんぐにゃんに生きているわけで、そこに少々お堅い常識

やルールの枠のようなものがあってやっとこさ社会は成り立っております。別にそれは就職して社会人になってか

ら云々といったことではなく、高校やら大学やらでもルールというか暗黙の了解というか、そういうのは少なからず

あったように思います。そんなルールは世の中にとってとてもとても大切なものなんですが、反面、自分の言葉で

ものをしゃべりづらくさせてしまっているのか、ありがちな話ですがその人の自分というのがよく見えない人が多い

ように思います。そういう方々にどっかで聞いたことあるような常識やら格言を偉そうに語られても正直つまんない

んですよね。流されてしまっているんですね。また逆に、アンチなんちゃらってかんじでそういうルールやら常識に

徹底して反抗する人たちもいます。個人的にはこっちの方はけっこう好きです。挑戦を生きがいにするってやつで

すか。かっこいいですね。

 でも今の僕は抵抗の精神ではなく、流れるように生きていきたいと思います。流されるとは違いますよ。社会だ

ろうが常識だろうがお金だろうがアンチだろうがルールだろうが男だろうが女だろうが僕自身のもってる人間性だ

ろうが性分だろうが得意不得意だろうが世界観だろうが、全て平等にとらえます。全てに良い面があるはずです

から。美しいものも汚いことも嬉しいことも嫌なものも全部(と言いきれればそれこそ究極ですが...)僕の味方です。

常識やお金は何ものにも変えられないものさしになりますし、そこにいくらでも世の中って映し出せるわけで、素晴

らしいじゃないですか。いちいち抵抗してても疲れるだけです。そして、自分に降り掛かる楽しいことも辛いこともひ

っくるめて、全体でみたら有意義なことなんだと思います。ひとりでベラベラと何をわけ分からんこと語ってんだこい

つはと感じる方もいるかと思いますが、適当に読み流してくださいね。今のぼくにとってこんなかんじのことが世界

とひとつになるということなのではと感じるのです。そして、そういう中から生み出していく服に興味があります。

まあ楽しけりゃそれでいいじゃないですか。僕は流れます。

 冒頭の裁断バサミのように、仕事道具ってその人を映し出す鏡とはよくいいますが、まことにそのとおりだと思い

ます。なんか名前も書いてあるし。しかも刃に。ありえねー。さびてるけど切れなくなるまで使い尽くしてやりますよ

こいつを。だらしなさって人間味があっていいじゃないですか。こいつでいい感じにだらしなさのある服をつくりつづ

けます。