2011年8月30日火曜日

真心を込めて

 

 
  夜はカレーとからあげ、ひややっこ、マカロニサラダ、味噌汁。飲み物は麦茶かジュース。

  朝はタマゴと、ハムレタスきゅうりのサンドイッチにスープ、牛乳。 
 

  朝晩共に食べきれないくらいの量。



  これは僕が実家に帰ったとき、親がよく作ってくれるメニューです。

 これにお盆ならばスイカ、正月ならばお雑煮と餅がつくといった具合です。

 プラス、どっさりのデザートとお菓子。 大体こんなかんじだ。

 特にうちの母親は待ってましたと言わんばかりに料理などに腕をふるってくれます。当たり前のように。

 そして、もうしつこすぎると感じてしまうくらい僕のことを気づかってくれます。


  何がすごいかって、その気持ちの純粋さです。特に母。見返りなど微塵も求めてはいない。

 自分のこと以上に自分の子供のことを考えているのだろうと思います。何歳になっても。

 これが真心というものなのだろう。



おそらく僕は子供を育てるといったことはないように思います。

なぜなら、イマイチ子供を育てることを想像できないからです。
人生何が起こるか分かりませんが、そもそも想像もできないのだから、
現実に起こることはほとんどないでしょう。


それでは、服に対してそれだけの真心を持つことはできるだろうか。
いつからか僕は、自分のつくる服たち、そして人生をとおした服づくりそのものが僕にとって
子供のようなものなのだと感じていました。うちの親のように、子供に対して立派な親であるように、
僕は自分の子供である服、服づくりに対して真心をもって接しているのだろうか。

そして、その真心はどれだけ純粋なのだろうか、つまり、どれだけ服づくりに対して誠実であるの
だろうか。そんなことを考えてみました。

少しでも良いものにしようと、大小納得のいくまでやりきれているかどうか
これまで培ってきた自分のデザイン、手法に甘えすぎず、新しい発見を求め続けているかどうか
しっかり自分の服づくりを進化、成長させられているかどうか。
服に対してどれだけ正直でいてあげれているのかどうか。
どれだけ服のことをずっと考えているのだろうか。

誰も気づかないような進化でもかまわない。貪欲に求め続ける姿勢が大切なのだと思います。
それが自分にとっての正直なのだと思います。
そして、その進化の絶対値の集まった結果、とても満足のいく、つきぬけることができた
服がつくれるのかなと思います。

昔何かで読んだのか、誰かからか聞いた話を思い出しました。
大人になり親元を離れ、あまり実家に帰らない人は、実はもう親に会う機会があまりない
ということ。

僕は大体、一年のうちに2回お盆と正月に実家に帰ります。一年に大体2回。
あと親に30回~50回位は会えればいい方でしょうか。長生きしてほしい。

親の真心。

僕自身の親と比べると、残念ながら僕の服に対する真心はまだまだなのかなと感じます。
よく作品に心を込めてといいますが、僕はこれから真心を込めて服をつくるのだと、
胸を張って言えるようになろうと思います。

真心とは、何よりも純粋であり、誠実なものです。
そして、母親のようにどれだけ経とうがその心は変わらないのです。
 

2011年7月25日月曜日

開放感

 

昨日は朝から11-12AWの服たちの撮影に行ってきました。行ってきましたが、
まさか昨日行くことになるとはまったく思っていませんでした。
これから撮影をしに行くのだと決断するほんの直前まで行く気なんてまったくありませんでした。

服の撮影にはモデルが必要で、カメラを撮る人が必要で、メイクをする人が必要で、
服もたくさん必要で、荷物の量や場所にもよりますが、いざ野外での撮影となると車も必要で、
それぞれのスケジュールも調整しなくてはなりません。ひとりじゃできないのです。

また、事情あって撮影は今月中にしなければならず、
他にもたくさんやらなければいけないことがあり、僕自身少々混乱していました。

どういったかんじで撮影するのかというのは決まっていたのですが、
肝心の場所がなかなか見つからず、もうなんというか、ぶっちゃけ撮影がおっくうでした。

そんな中、昨日は仕事の後、土曜日ということもあり怖い話、不思議な話
(みんなオカルトとかが好きなのです)をするというのでスタッフの家に遊びに行きました。

みんなが怖い話をするのを横目に、どうにも仕事のことが頭をはなれず、
みんなが楽しんでいる中であまり良いことではないと感じつつも、
ネットで撮影場所を探していました。

そして明け方になり、ようやく「これはっ!」となった今回の撮影場所をみつけたのです。
でも遠い。大体新宿から2時間くらいかかる。 うーむ。。でもいいかんじだ。どうしよう。
なーんかもう時間ないしその辺のスタジオかなんかで無難なかんじに撮っちまえばいいのかなー
なんてと思いつつ、
あいかわらずうそくさい怖い話をしているスタッフのザキエリとヒロちゃんにその公園を見せてみて、
どうすんべかなあと聞いてみたところ、そろいもそろって

「今から行っちまおーぜ!」

という返事が返ってきました。もう始発が走り始める時間だ。
なんとなくあきらめかけて、あいかわらず撮影に関して話が進まないままモヤモヤした気分のまま、
外は明るくなってきたのでそろそろ寝る時間かなと思っていました。 そんな中での
まさかまさかのこれから撮影案。モデルはエリンコがやる。
ヒロちゃはメイクが得意とのこと。カメラは俺が撮ればいいか。何気にみんなひま。
今日は日曜日ですよ。

よっしゃ行くか。モヤモヤが一気に吹き飛びました。
そんなかんなで朝から撮影に行ったのです。
なんだかよくわかりませんがこのかんじ、とてもとてもいいなと思いました。
体は一日仕事した後で、さらに怖い話もした後で、さらにそのまま撮影という大仕事。
みんなくたくたのはずでしたが、そんなの関係ありません。
それ以上にすがすがしい開放感がそこにはありました。


 

2011年7月20日水曜日

翼のある服

 先日男6匹で長野の山奥にキャンプに行ってきました。

 岩魚を釣り、ご飯もおいしく頂き、運よく星空のようなたくさんのホタルを見ることもできました。












 さあ、気持ちを次のコレクションへと向けていきます。


テーマはずっと前から決まっていました。「翼」です。 翼のある服たち。

このコレクションでは展示会前に撮影をし、ブックのようなものをつくり具体的なイメージとして
発表したいと思います。

僕たちはこの夏に自分を描き命を燃やします。

これまで各々見てきたもの、聴いてきたもの、経験してきたこと、感じてきたこと、
感動してきたこと、そういったものに力をもらいながら、ひたすら考えつくるのです。
自分の空をとぶのです。

なんだかその人が前向きな何かを受け取れること。それがその人の空であります。
そして、それぞれの飛び方次第でいくらでも出来上がってくるものは変化します。

テーマがあり、それを表現しようとする人があり、各々の人生のタイミングがあり、
各々の時々の表現があり、葛藤があり、そして、やがて着る人があり、見る人があり、
それぞれの好みがあり、笑顔がある。

そして、それらは移り変わっていくものであり、不変なものなど何一つない。
よって今の段階では明確な答えなどありません。
人間だからこその不明確さ、曖昧さ。計算しづらく、とても扱いにくいものかもしえませんが、
どうしても僕はそういうのに惹かれてしまいます。絶対に大切にします。

経験上なんとなくいえることは、それぞれが丁寧に前向きに取り組み、
それぞれが持つそういった不明確なものたちが深く絡み合ったものは、
有無をいわさず素晴らしいものになることが多い。

雨 雲 虹 星 空 無限大

奇跡は気持ちである。どれだけ前向きかである。どれだけ各々自分の空をとべるかです。
やっぱり夏はわくわくします。

最高の一瞬を描きます。


  

2011年7月3日日曜日

青空

 

100年後について考えてみました。

100年後がどんな世界かなんてあんまり興味はありませんが、
今生きているほとんどが死んでいるのは確かです。

僕はもちろん、テレビに映ってる芸能人やきれいな女の子とかも、好きなスポーツ選手も、
さっきマックでた楽しそうに騒いでた子供たちも、その辺を歩いてるおっちゃんおばちゃん兄ちゃん女子高生犬も猫も親も友達もむかつくヤツもみんなみんな全部死んでいる。

今、一生懸命つくっている服も100年後にも存在しているものはどれだけあるのだろうか。
建物もそうだ。会社とかもそうだ。たくさんの人間のつくりあげたものもほとんどが100年後には
なくなっているだろう。





みんな死んだ後の世界。誰も僕のことを知らないであろう世界。僕にとっては、誰もいない世界。

一見、すごく悲しいことのように感じるけど、
不思議なことに僕にはそれがとてもポジティブなことのように思います。

”100年後はみんないないのだ”ということが、谷底とか海底とかの怖い無の世界ではなく、
青空のような澄み切った”無”のように感じるのです。
おそらくそれが自然の流れだからなのでしょう。

そして、未来にある、その青空は今の僕を自由にしてくれます。

死んでから自由の空にいくのではなくひたすら自由の空をとんでそのまま自由の空で
死んでやろうと思います。どうせそのうち消えるなら、それが恥ずかしいものだろうが
ひたすら自分の絵を描いて生きていこうと思うのです。

さらに、ひたすら描いて描いて、死んだ後に消しきれずに100年後も200年後も1000年後も
残ってしまうようなものもできてしまったら、それはそれで最高なことであり、
そうありたいと思います。

本当にその気にさえなれればどうにかなる世の中ですし、それは何よりも楽しいことです。

初夏の匂いに色とりどりの懐かしさを感じているのがあなたなのであり、
とにかく、できるだけ自分の空をとぶべきだと思うのです。

 

2011年6月15日水曜日

ALIGHT

 

~の神様が降りてくる。

あついデザインや発想、メロディーが頭に浮かんだときなどにそのような
「~の神様が降りてくる」 と表現することがあります。

神が降りてくる。。。

神様が降りてくるんだぜ。。

神様ってなんぞや。

僕が思うに、ここで言う神様はかっこよくいえば人類の知識の集合体のようなものであり、
実は、その辺いたるところにいるのかなと思います。実は神様だらけ。

身の周りのもの、例えばハサミやテープ、空き缶、歯ブラシ、トイレ。。そのデザインひとつひとつに神様はいるように思います。

それでは、どうすれば神様は降りてくるのか。

やっぱり大事なのはその人自身の生き方とか気持ちとか姿勢、
オリジナリティーとか経験なんだと思います。

その人自身により多くの神様を受け入れられる容器ができてないと、せっかく降りてきても気付くことすらできません。

神様は辿り着くべきデザインや発想へのきっかけでしかないのです。
大切なのはやっぱり神様を受け取るその人自身なんだと思うのです。

そのゆらゆらと浮遊している神様たちとタイミング良くうまく出会い、その人自身が既にもっている個性や経験と結びつくことではじめて化学反応を起こしてキラっと輝き、
価値のある新しい何かが生まれるのかと思います。キラっとね!




先日、高松市の田町にある「ALIGHT」様というお店に、
はるかきみへを新しい仲間として迎えていただきました。
我が服たちも気合いを入れて並んでいることかと思います。 おまえらあんま力むなよー

それでもってさらに、
今週の土曜日(6/18)まで、同店にて11-12AWのコレクションの予約受注会を行っております。
11-12AWの服が全部そろっているわけではありませんが、たくさんの生まれたての服たちが
お待ちしておりますので、近くにお住まいの方、付近にお越しになる方は是非直接、
服を手にとっていただければと思います。

それでは皆様、よろしくお願いします!!

ALIGHT  香川県高松市田町3-15佐野ビル2階 営業時間13時~20時 定休日火曜日  

http://blog.livedoor.jp/inori2006/