2012年4月7日土曜日

春


 





あたたかさとか、空気や花の匂いとか、桜とか、生あたたかいやたらと風の強い日とか、
僕にとって落ち着かない季節がやってきました。

僕は何よりも散歩や散チャリが好きなので、やっとこさ冬のしつこい寒さから解放された
この季節はどうにもワクワクしてしまい落ち着かなくって、こんなにあったかいのに
外に出ないのがなんだか申し訳ないかんじになり、いつも以上にふらふらすることになります。
それでもやらねばならない仕事はいくらでもあるので、困ったものです。

丸1日休みをとり、朝から自転車で桜めぐりをしてきました。

東京はいたるところに桜がはえています。
中野坂上付近より神田川沿いの遊歩道の桜並木に始まり、新井薬師経由で中野通り、
哲学堂公園、城北城址公園、石神井川沿い、といった順で新宿と中野と練馬にある
桜の名所をまわりました。

あんまりあったかくって春の良いにおいがして、午後の日差しにとけこんでいる桜桜桜が
あんまりきれいで、やや花粉症なボーっとした頭も相まって、厨二的な表現であれなんですが、
午後の日差しを背景にした桜の木の奥にちらちらと向こう側の世界が垣間見えるようでした。

そのままニヤニヤとアホ面でついつい桜に見とれながら自転車をこいでいたら、
なんでこんなとこにいんの!?と予定とまったく違うほとんど反対の場所にいることに
気が付きました。

僕は知らないところでも道に迷うことがあまりないので、かなり混乱してしまい、
そのあとしばらく道に迷ってしまい、ちょっとだけ桜こええと感じました。
でもきれいなもん見れたから別にいいや。

まあ、8割9割、僕がバカなだけの話なんですが、美しすぎるものは人を狂わせるって
こんなかんじのことなのかな。
なんだか細かいことはもういいやーっとなって、気付いたらこんなところにいたってかんじに。
こうやって春になるとおバカな人が増えるのでしょうか。

美しすぎるものは人を狂わせる。この世の基準を超えた美しさ。
春の気候、桜、色々な空気のにおい、嵐 などなどなど。。

いつもいつも人一倍、自然の声を感じていたいと思っています。
これは間違いなく僕の本能だ。 そして、
とてもそんな素晴らしい自然を真似をすることはできませんが、影響を受けることはできます。

自然を感じ取りたくて、その深さを体に入れたくて僕はきっと外に出かけるわけで、
体はとても自然に影響を受けたがっているのでしょう。僕の心の中にはそんな自然からの
感覚がたくさんあります。

そして僕が自然から感じたものは曖昧に、僕たちをとおして服となり、
漠然とした目にみえる形となっていくのです。

次のコレクションの発表まであと少し。 こんなかんじで色々と力をもらいながら、
やりぬいてやります。
 

2012年3月12日月曜日

2012-13秋冬コレクション

 

はるかきみへ




2012-13 Autumn & Winter Collection


                        

「 ギャザー と タック 」
  
(gather and tuck)
  




<イメージビジュアル発表>

5月初旬、冊子にてコレクションイメージを発表。

又、はるかきみへホームページのcollectionページにも同じ写真を掲載いたします。





<展示会>

下記日程にて受注展示会を行います。一般の方も入場可能です。お気軽にご来場ください。

                             
日時 : 5月15日(火)、16日(水)、17日(木)、18日(金)、19日(土)、20日(日)  12:00~19:00 

会場 : ミームマシンギャラリー にて展示発表いたします。

ミームマシンギャラリー(mememachinegallery)
TEL:03-3463-7505
150-0032 東京都渋谷区鴬谷町15-10 ロイヤルパレス渋谷104
URL : http://www.mememachinegallery.jp/




その他、詳細が決まり次第ブログなどに告知いたします。

皆様のご来場、心よりお待ち申し上げております。

2012年2月5日日曜日

考えることをやめる

 

 
 
 ずっと分かりませんでした。どうすればいいのか。つくってつくっても、どれだけ考えてみてもわからない。



 今、僕の前には大きな壁が立ちはだかっています。壁といってもよくわからないと思いますが、

僕の服作り、デザインなどにおける壁です。表現における理想のようなものです。

その壁はこれまでもずっと、遠くの方に見えてはいましたが、とうとう目の前に来てしまったといったかんじです。

こういった壁は人それぞれあるものだと思います。

何だか厨二くせえ。 

 ただひとつ感じることは、この壁に立ち向かうことなくして、次はないということです。 

 越えないことには次に進めないということです。 一皮むけていくには必要なのです。





 そろそろ本格的に次のコレクションに取り掛かる時期がきました。

そこで、去年の11月あたりからかコツコツ考えたデザインを並べてみたのです。。

特にテーマとかは設けないで、今までやってきたことをベースにしながら、もっと


着やすくて、扱いやすくて、かわいくて。。。などなどとにかく着る人の目線に立って立って
取り組んでみました。 自分なりに研究してこんな服着て歩いてる人は素敵だなあと思う
服を素直にたくさん考えてみました。
もちろんまわりの女の子たちの意見もできるだけたくさん聞いて、色々デザインしてみたのです。

で、改めて見てみて、思いました。

うん、いいかんじ。かわいらしい。着やすそうだし、冬もあったかそうだし。
なんとなく僕の服っぽいし、僕が女だったらこういう服を買うんじゃないかしら。 

そして、上の内容と同時に感じていること。

それだけでいいのか?おまえそれで満足か?そこには正論しかないじゃないか。
甘いんだよこのうんこやろう。

ここでいう正論とは、世の中、はたまた僕自身が培ってきた良い服、可愛い服における正論です。
もちろん正論は大事です。正論は基本でもありますです。 
たけど、僕は正論ばかり偉そうに、ドヤ顔で語る人間にはなりたくないと思っています。
それは思考停止のおバカさんであり、ある意味卑怯だからだ。

ファッションでいう正論を理解しつつ、隙を見つけては壊していくのもデザイナーの仕事です。
なぜなら今ある何かを破壊する、という行為は人間の本質でもあるからです。
本能的に求めているものだからです。
そしてそれぞれが何かを発見していくのです。

ずっと越える方法すらわからず遠くに見えていた大きな壁をこれから相手にしなければいけません。ひとつひとつのデザインを満足いくまでやり直します。
描いて描いてつくってつくって何度も何度もやってやります。

ファッションだとか、商品だとか、あーだこーだ考えるのをとりあえずやめます。 
そういうのはこれまで培ってきた本能にまかせます。スタッフも頼りますよ。
とにかく満足いくまでチャレンジします。

これはもはや理屈ではないのだ。理屈では越えられない壁なのだ。とてもぶあつい壁なのだ。
理屈で越えられない場合は本能でいくしかありません。考えることをやめるのだ。

僕の心もここにきて最高にあつい。なぜだかあつい。不思議。
この壁の向こう側にある世界にいくのだ。
そこには今まで見ることができなかった僕の服が必ずあるのは分かっている。

今僕の目の前にある次のコレクション用のデザイン。とりあえずぐちゃぐちゃにしてやる。
絶対に勝ち取るのだ。 つきやぶっていくしかないのだ。 次の服に進むのだ。

自由であることを楽しみます。

2011年12月31日土曜日

遠い日の歌

 






  なんだかとても絵を描きたい。ちょっと本格的に。


  そういえば昔、大学に入ったばかりの頃、僕は服をやるか絵描きになるかで迷ったことがありました。

 小学校時代に、僕の夢は漫画家ですって時期もあったな。

 パラレルワールドがあれば、その世界では僕は画家かもしれないし、漫画家なのかもしれない。売れてるかどうかは

 知らないですけど。





  服をはじめて11年目の年がもう終わります。 

 いつの間にか31歳になってしまった。おっさんだ。

 そういう年頃なのかといってしまえばそれまでなのですが、
 
 最近の僕はいつも切なさを感じるのです。なんとなくいつも、懐かしさの入り混じったもの寂しいかんじがする。

 そういう年頃なのだろうといってしまえばそれまでなのだが、、

 この切なさの正体はいったい何なのだろうか。 考えてみました。


 


  考えてみましたと書きましたが、考えるまでもない。


  僕は過ぎ去ってきた年月、若さのようなものに憧れているのだ。

 切なさの一番の原因は、その憧れは決して実現することはないからです。当然のことですけども。

 叶わない恋のようなものによく似ているのです。

 まあ今ならぎりぎり大学生っぽくはなれそうだけど。おっさんになってしまった僕が高校生になんて絶対になれない。

 若さとはきっと無条件に素晴らしいものなのだろう。やりたいことをなんだって始めることができる。


例えば漫画やドラマを見ていて、未だに青春ものが好きだったりする僕は、
高校生あたりが主人公だったりする
恋愛ものや、バスケとかサッカーとかの青春スポーツものを見て昔とかわらず、
むしろ昔よりも感動して、うぐうゎぁ!としょっちゅうひとりで泣いたりします。

まあ、感動している最中はいいのですが、その後ふと、我に返るとなんだかとても寂しい
気持ちにもなるのです。
そしてその寂しさは年をとるごとに深いものとなってくる。懐かしさにも似ている寂しさだ。

自分で言うのも何ですが、僕は気持ち、心意気は中学高校のとき以上にあつく生きている
ように思います。
清くなくてもいいから、多少正しくなくてもいいから、美しく生きたいと感じています。
自分の気持ちを大切に生きています。

小学校の頃、休み時間に一生懸命サッカーボールを蹴っていた自分を感じることはできるし、
そのときの無我夢中だった気持ちを思い出すことはできます。
とてもワクワクしていた。そこまで昔であるとも感じません。

でも、いかんせん僕はもう31歳のおっさんなのです。その事実は絶対に変えられません。
当たり前すぎますが、過去の時代に戻ることはできないのです。
 
この切ない感覚はとても深いものであり、僕は大切にしたいと感じました。
誰しもが抱いていくであろう、この年月と共に深まってくる切なさとしっかり向き合うことで何かを表現したいと思うのです。
しばらく後ろばっか見て生きていこうと思います。

そんなかんなで、

過ぎ去ってきた年月の切なさを胸に抱きつつ、
とりあえず本能にまかせて女の子の絵を描いていこうと思います。
なぜ女の子なのかというと、僕にとって女の子とは切なさの象徴だからです。
僕を突き上げてもくれるし、思いっきり突き落としてもくれます。
恐怖喜び不安怒り涙昂揚全てがそこにはあり、これ以上の存在はありません。

力の源はいつもそこにあった。

パラレルワールドで生きている画家の僕にちゅろっと手招きをされているみたいです。
なんだかんだで僕の本業は服をつくる人なので、色塗りはえりんこに手伝ってもらおう。

2011年大晦日、ひとりアトリエで女の子の絵を一生懸命描いている31歳。
素晴らしく切ない。せめてデザイナーらしく服でもつくってろよといいたい。
でも、そんな自分に満足であり、そんな自分がしっくりくるのだからしょうがない。

出来るだけ自分の気持ちをしっかり感じ取り、自分に正直に生きるのであります。
絵に描いたようなかっこよさなんて僕には必要ないのだ。

このザワザワした気持ちの中、どうも今日はみんなで集まってバカさわぎする気にはなれません。
きっとこの切なさの中に僕にとってとてもとても大事なものがあるのだ。
未だそれが何なのかよくわかりませんが、それをつかみ出すのだ。
そのために表現していく。僕はその繰り返しだ。

そろそろ12時をまわりそうなので、年越しそばを食べに昨日アトリエの近くで発見した
定食屋のおばちゃんに会いに年越しそばを食べに行こうと思います。 
あのおばちゃんも若いころは綺麗だったんだろうな。

それでは皆様、良いお年を。。





 

2011年11月16日水曜日

予約受注会②

 

前シーズンよりお取扱いいただいているお店のALIGHT様にて、
12SSコレクション商品の予約受注会が11月19日、11月20日(今週の土日です。。)行われます。

お近くにお住まいで、ご興味のある方は是非ご来店ください!


ALIGHT

香川県高松市田町3-15佐 野ビル2階 営業時間13時~20時