2012年8月14日火曜日

小学生のころ描いた漫画

 












僕が小学校5年だか6年だかに描いた漫画です。我ながらなかなか力強い作品ですね。
当時人気の漫画、「セイント聖矢」のパロディーのようです。
聖矢の本編で全くスポットライトを当てられなかった超絶ザコキャラの、ライオネットの蛮(バン)という冴えなさすぎるキャラを無理やり主人公にしちゃってます。

なんだこれ。 ろくでもない漫画ですね。
無駄にたくさん、まるまるノート1冊分描いてるようなので、そのうちこの続きも晒していきます。
それにしても小学校のころの俺、こんなもんたくさん描いて、何考えて生きてたんだろうか。

前に漫画家を目指している友達にこのクソ漫画を見せたら、
「勇気をもらった」 と言われちまいました!

漫画家をこれから目指そうと思ってる人、音楽、デザイナー、なんでもいいや。迷ってる人。
とりあえずなんでもいいから、つくりたいものを、つくり、表現したいものを表現すればといいんじゃないかと思います。

具体的なカタチとして。
こんなクソみたいな漫画でも、案外勉強になりました。たぶん。
もちろんつくる系だけじゃなくて、例えばまじガチで服が好きだぜって人は、
自分のスタイルをさがして自分の着方をガンガンしてください。
服をとおして自分を覗き込むのであります。

できるだけ開き直って、他の誰かの影響とか色々あるものですが、そんなのどうでもいい死ねと押しつぶすくらいの、濃いあなたの心で選んで服を着てください。
そんなふうに育まれていくおしゃれこそ最高級だと僕は思います。

開き直りすぎてとんでもダサくなり黒歴史となることもありますが、そんな黒歴史は、
素敵でありんす。

何かを表現していくうえで僕が一番大切だと感じていることは、
未熟だろうが何だろうが、限られた時間内で今現在できうることをその作品の中で
どれだけ注ぎ込めるか ということです。

それは技術や知識ではなく、人間力、その人そのものを注ぎ込む力です。
その力の秘密はその人しか知らない、その人だけのもの。さがしつづけるもの。
必要な技術や知識は、つくっていく中で経験として、その人の肉になるように、
自分の意思で学ぶものです。

そして、できるだけたくさんたくさんつくり、作品としてその人自身を積み重ねていき、
その人は絶対的になっていけるのだと思います。

たくさんつくりましょうぜ。 たくさん挑戦しましょうぜ。
 

2012年7月28日土曜日

リアル

 








僕の普段の生活です。

朝 マックかドトールかどこかのカフェで必ずコーヒーを飲み気合を入れ、
テンション上げながら服のデザインを考える。 おっさんひとり朝からハイテンションだぜ!!

そして仕事。

最近は生産期なので、型紙やら自分で切ったり縫ったりやら、指示書やら、
とにかくたくさんつくってます。
僕の服はふざけんな細かいので、それはもう混乱してきて色々と発狂しそうになることもあります。

昼。 僕は食べると眠くなる習性があり、昼ご飯は食べず、アイスとかですませることが多いです。

さらに仕事。たまに休憩で近所を散歩。マレに色々いやになってそのままどこかに
遊びに行くこともあります。
そんでもって夜から夜中、ぶっとおしで仕事。仕事仕事。仕事だぜ。

夜中2時位に再び近所のマックに行き、夜中の妙なテンションとともに
コーヒー飲みながらデザインなどをする。
デザインは楽しいです。夜中はなぜだか妄想が膨らむのであります。妄想の海を泳ぐのだ。
ちなみに僕は、水に浮くことはなんとかできますが、泳げません。

晩ご飯は一応健康に気を使い、ご飯と魚系と温泉卵と豆腐&納豆。
メニューは面倒なので大体毎日いっしょ。
たまに外食もします。まあ、ぶっちゃけけっこうなんでもよろし。大体おいしい。
それからシャワー浴びて、寝ながら服的なこと考えてるか携帯いじってます。

デザイナーだけどいつからか自分の着る服には全く興味なし。なぜだ。
楽な格好ならなんでもいい。
髪の毛が鬱陶しくて思いきって坊主にしちまおうかと思ったくらいだ。しないけど。

趣味はその辺をぷらぷらすること。きもだめし系。自然系が好き。釣りが好き。廃墟好き。
気持ち悪い妄想が好き。ど田舎に望遠鏡で星を見たい願望あり。
ちょっとロマンチックなおっさんです。F1も好き。

かっこいい趣味がひとつもないじゃねーか。
なぜこうなった。

改めて自分の生活を考えてみる。なんなんだろうかこれは。
デザイナーってもっとおしゃれで華やかだろ。
こいつは服やってればなんでもいいのか。

ぶっちゃけ、なんでもいいのです。

服(をつくること)以外、まともに興味のあるものがない。
デザイナーは感性を磨くために色々なものに興味をもって色々見て体験して。。
とか思われることもあるかもですが、
困ったことにほとんど興味の湧くものがありません。興味のないことなんてやってたまるか。
服づくりさえやれればなんだってかまいません。もう死んでもいいかなとか思う。死なないけど。

全部服にあげましょう。だからもっとすんごい服をつくれるようになります。
こんな、服やってなきゃクソクソクソみたいな男ですが、はるかきみへ の服が好きだと
言ってくれる人がいる。
そういう人たちを裏切るわけにはいきません。

それにしても僕はなんでこんななのか。
僕自身がもっとおしゃれで、器用な人間であれば、もっとおしゃれで器用なブランドに
なっているでしょう。

僕自身がおしゃれで器用な人間でないから、その分、もっと可愛い服をつくってやるのです。
おしゃれで器用でなくていいから、その分、もっと自分に正直に生きるのです。
僕みたいなうんこ野郎はもっと自分剥き出しでいかないと、
本当のレベルでのおしゃれで器用な人たちに負けちまいます。

これが色々自分と世の中と向かい合ってきた結果なのだ。 それだけの話です。
この世の中、生半可なことは、基本通用しない。
だから特別可愛い服をつくる以外、僕に価値はないのであります。



 

2012年7月12日木曜日

この世とあの世~みえない世界~

 





死んだらどうなるか。考えてみた。

まあ、特に何もないのだろう。死んだら意識がなくなり、終了である。


でもそれは僕にとっては真実ではない。

理由は簡単。 それではつまらないからです。

想像力のない、ただのつまらない一般論のひとつである。そんなのはどうでもよろし。


僕はあの世だとか宇宙だとか次元だとか時空だとかパラレルワールドだとか、幽霊だとか、

光の速さに近づくほど時間が止まるだとか、最近だとヒッグス粒子だとか、

そういう人智を越えているようなよくわからない、解明したくてもなかなかできない、不思議なものが大大大大大好きでして、

思い浮かべているだけで最高にワクワクします。


そんな僕はいつのころからか、特に本気で服をつくるようになってから、

あっちの世界や異次元、宇宙、幽霊、はたまた人の心・・・

それらひっくるめて、みえない世界。心って、感情って、気持ちっていったい何なんだろうか。 

この、みえない世界っていったいなんぞやと、きっとステキな秘密があるにちがいないと、

勝手に考えるようになりました。


どうやったらそれらをつくる服たちに入れることができるのか。
 

想像をすることは自由であります。そして、それが楽しいのだからしょうがない。だから、

いつものごとくワクワクしっくりくるように、勝手に理屈をつけては好きなように想像していました。

自分の経験などと照らし合わせ、こんなかんじだったらなんとなく納得いくし面白いなといったかんじに。

そしてそれこそが僕にとっての真実であります。思いっきり想像力を働かせるのであります。


そんな横田的解釈の ”みえない世界” を、ざっくばらんに当ブログにてまとめてみることにします。



ずばり?みえない世界とは、感情とか記憶でできた世界だと思います。
死んだあとに行く世界も同じようなかんじです。

まず、僕たちが暮らしているこの世、現世を、物質が基準の世界であると仮定します。 
物質、つまり質量のある世界。

みえない世界はその逆なのです。物質のない世界。質量というリミッターのない世界。
つまり、
今僕たちが暮らしているこの世界が物質 + 記憶感情だとしたら、
見えない世界は、記憶感情オンリーの世界、ということだ。

感情と記憶だけ?で成り立つ世界。 だったら面白い。
そして、その世界には今も片足つけている。心の中とか夢の中がそれです。
そして、この世の中のよくわからない不思議なこととか、ワクワクすることのたくさんは
その世界にあるんだと思います。

なんせほとんど感情と記憶だけでできていますからね。自由すぎる世界です。
死んだらこの世に魂だけ抜け出るんじゃなくて、記憶と感情オンリーの、
いわゆるあの世、見えない世界にワープしていくのです。

さらにつきつめてみる。

光と影があるように、世の中は対立するものどうしで成り立っています。
あっちの世界とこっちの世界は合わせ鏡のようにかさなり合っていて、お互い影響し合っている。
影響し合っていますが、合わせ鏡なだけに、色々ほとんどが真逆になります。
逆ということは、見えない世界は時間とかもない世界かもしれない。

僕たちの暮らす世界とは逆で、光の速さが基準ということもあり得るのではないか。
質量がないということは、感情や記憶は光に近い存在であり、光の速度が基準なのかもしれない。ということは、
時間という概念もなくなるか、もしくは時間に対して自由になるかもしれない。
僕が暮らす物質世界にいても心の中ではある程度、時をさかのぼることができます。
つまり心の中ではあっちの世界とつながっているわけです。 ヤバい、おもしろい。

なんだかマニアックなかんじになってしまいましたが、
そんな不思議で楽しい?見えない世界とたくさんうまくつながることで、
色々な発想やエネルギーを頂き、僕自身とうまく絡み合わせて服をつくっていくのであります。 
そしてもっともっと自由になるのです。

ちなみに画像の猫はお向かいのレタルさんの飼い猫のピノコ。
ピノコのぷりっとした感覚は、今でも体にしみついています。よく一緒に寝てくれました。
こやつは猫のくせに人が好きで、空気が読め、けっこうかまってちゃんで、されるがままで、
猫のくせにたぬきで、よく食べ、よく食べ、デブで、愛嬌があり、
女だけどおっさんみたいな寝相で、お尻がぷりぷりしてて、目がくりっとしてて、
太っていて、デブで、たくさんの人に愛される猫でしたが先日、交通事故で
この世から旅立ちました。 もう一緒に寝ることもできません。

デブのあいつはもう骸骨ですけど、
僕の心の中にこやつは存在します。かわいいやつですからね。
そして、僕以外にもたくさんの人に愛され、たくさんの心の中にもこいつはいます。
きっとみえない世界をピノコ色に満たしてくれていることでしょう。

僕はそこから力を頂きます。
見えない世界とつながるのです。

 

2012年6月14日木曜日

テーマの見つけ方

 

そもそもなんでテーマって必要なんだろう。

僕はひとつのコレクションをつくりあげていくにあたり、何かしらテーマを設けることが多い。
ここでいうテーマは、コンセプトとも言いかえれます。
たとえば、はるかきみへ2011SSだと「 teard 」、2012SSだと「翼のある服」といったかんじです。

テーマを決めると一貫した目的のようなものが定まり、伝えることが明確になり
デザインもしやすくなる反面、
テーマに固執することでデザインが制限されることもあるように感じることもある。

テーマに沿わないという理由でせっかく浮かんできたデザインが採用しずらくなるというかんじに、
テーマへの一貫性が障害となり、服としての自由な自分を表現しずらくなるということだ。

まあなんというか、無駄にかたっくるしくなるのであります。
それはいかんぜよ。 オレはテーマのために服をつくっているわけではないのだ。

かといって、 じゃあテーマなしでコレクションやればいいじゃん。 というわけにもいかない。
テーマを決めずにつくるというのもひとつの立派な選択肢ではあるんだろうけど、
そのうちテーマなしでコレクションやるってこともあるだろうけど、本当にそれで納得していいのか。なんだかイマイチしっくりこない。

考えすぎである。と思われるかもしれませんが、こういうモヤモヤに何か潜んでいることが
案外多いのです。

しっくりこないと感じるということは、それは僕にとってマックスに理想的ではないからなのだろう。
何か、僕とテーマとの素晴らしき付き合い方があるということなのか。
でもども、テーマが度々障害になっているかんじがすることも事実。 じゃあどうすんのさ。

もうしらねーよ。 うんこ。

そんなぐあいに今までなあなあなかんじにしてきてしまいました、コレクションのテーマに対する自分なりの向かい合い方。
僕にとっての、テーマとの真実の関係とは。
そろそろ本気で解明しなければと思い、じっくりどっぷり考えてみたのでありんす。











ここ2、3か月前から僕は、次のコレクション(13SS)では胸当てをテーマにコレクションをしたいと思っていました。
(画像は12-13AWから。あいかわらず気持ちが先走りフライング気味にいつもより多数胸当て登場。13SSはまだですよ。)

おらおらたくさん可愛いムネ当てをつくってやると、夜な夜なひとりで憤っていました。なんだか気持ちワルいおっさんだ。

ここでいう胸当てとは、シャツやワンピースなどの胸元をあしらう装飾、パーツ、
正式には烏賊胸(イカムネ)といったりする。僕はこの胸当て的なものが大好きで、
色々自分なりに応用したりして、
これまでもたくさんデザインに取り入れてきました。

まじ可愛いムネ当て連発させます
もちろんただの胸当てで終わりたくない。
日本イチ可愛い胸当てをつくりたい。
世界イチ可愛い胸当てをつくりたい。
宇宙イチ可愛い胸当てをつくりたい。あいかわらず気持ちワルいおっさんだ。
これ胸当てぇ?となるくらいこわすつもりでつくりたいと思います。

ばらばらにしてやる。

感情と心と気持ちで胸当てをはじけさせるのです。
そして服ごとこわしてしまえや
おらおらおらおらおら
ばらばらばらにしてやる
そのあつい心を叫びを
まじオレムネ当て胸当てむね当て!!!bと威勢よく考えていました。  いつもながら気色悪いおっさんだ。

だけれども

そんなかんじであつく思っていたのですけど、、、なんか微妙にしっくりこなくなってしまった。 
でも、胸当てのコレクションに対して冷めたわけではない。
正確にいうと、”ムネ当て”とテーマを決めてしまうことに ”しっくりこない部分” があることに気づいたのです。

だからこのブログに13SSでは胸当てのコレクションやるぜと何度もフライングして書こうとしたけど、
なんだか思いとどまり書けずにいました。
なぜだろう。本当に胸当てのコレクションがやりたいんじゃなかったのか。あんなにテンション上がってたのに。。

そして一生懸命考えてみた。これは大事なことだ。

そして、たぶんわかったのである!!!!!!!!!!!!!!!

胸当てムネ当ていっていましたけども、
最初から可愛い胸当てをつくってつくっては当たり前。
そんでもって、いじくりまわしてぶっこわしてくっつけたり色々することも当然いつもの流れ。
そして、ひたすらそれを壊し組立てぐちゃんぐちゃんにしていき、ムネ当てと服の境界は曖昧になり、、、その後は分からん

本当に興味があるのは、実はそのあとなのだ。そのあとというか、その全てともいえるのか。
僕が求めているものは胸当てそのものではなくて、胸当てからはじまり、ムネ当てむね当て。。たくさんムネアテのある服
胸当てを意識している服をつくりつくりこわしつくりこわしくっつけきってばらしてつくってつくって。。。。。。。。。。。。。

。。。。。その先にあるまだ見えてないものなのです。それが何なのかはまだわかりませんけれど、
とにかくこれまでつくってきた服たちを見ても、僕はムネ当てを愛していることは確かなのだから、
気持ちの赴くままに可愛いムネ当てをデザインしまくることからはじめるのだ。
いつものことですけども、考えてもよくわからないんだから考えずにまずやれよです。またこれだ。

そして、その先にあると思われるよく分からない真っ黒黒すけを探し、
掴み取ろうという姿勢でつくってやるのです。

おそらく、結局何なのか分からず終わる気もしますが、そんなもんなのでしょう。
あるのだと信じること。 

そして、ただひとつの真実。
答えは出来上がった服たちである。きっとそこにはまっくろくろすけがいるはずです。
そして、それに見合った題名のようなものを改めてつけてやればいいのでしょう。

つまり、それがテーマとなるのです。

コレクションをとおして僕が探していたもの、求めているものは何なのか。
テーマで服をつくるのではなく、僕自身がテーマをみつけるために服をつくるのです。
やっとしっくりきたぜありんすけんじよこた。 むふふ

コレクションのテーマということに対しての僕なりの答えが出たように思います。
僕にとって大切なのは、何か かけがえのなさげなものを探し出そうと心から手を伸ばす
その姿勢なのだ。
テーマの服をつくるのではなく、テーマを見つけ出し、つかみとるために服をつくるのであります。
これから僕はこのスタイルでいきます。勝手に楽しみます。

次のコレクションは、まずは胸当てが大好きである僕自身からスタートします。

いくぜけんじけんじおれはけんじよこたけんじ31さい
まっくろくろすけ出てこいや

2012年6月10日日曜日

12-13AW予約受注会のお知らせ~ALIGHT~

 





今回も はるかきみへ をお取扱いいただいている
香川県高松市にあるお店のALIGHT様にて、
はるかきみへ12-13AWコレクション商品の予約受注会が行われます。

6月17日(日)、6月18日(月)です。 

この二日間に向けて、
今期のはるかきみへの服たちのいくつか(全部ではないですが)は高松に向け、
ごっちゃんごっちゃんの東京からひっそりと飛び立ち、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
うううううえええええああああかさたなあああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ALIGHTさせていただきます。

お近くにお住まいで、ちょっと遠くても大丈夫ですよ。気になっている方、ご興味のある方、
だらんと気合い入れて、気持ち込めて服たちは待っております。
僕はべつにいないんですけど(ぶっちゃけ高松いってみたいです。。)、
服たちにはなるったけ見に来てくれる人たちに語りかけるように、常々言っています。
きっとあなたに会いたがっております。 


ALIGHT

香川県高松市田町3-15佐野ビル2階 営業時間13時~20時