2011年2月23日水曜日

今を生きる、時をこえる

 

 
      
   すごいすごいすごいすごい昔たくさんの星ができて 

   すごいすごいすごい昔地球ができて

   すごいすごい昔猿が人になって すごい昔日本にも人が住み始めて

   百年位前おじいちゃんが生まれて 70年位前親父が生まれて 

   65年位前戦争が終って親父もなんとか無事で 60年位前、おかんが生まれて 

   30年位前僕が生まれて  26年位前はじめて絵を描いて(カブトムシ) 

   25年位前よく親と手をつないで踏み切りまで電車を見に行って

   21年位前漫画家になったつもりで絵を描きまくって 

   20年位前キャプテン翼に憧れてサッカー少年になって

   18年位前スラムダンクに憧れてバスケはじめて 15年位前思い切って告白してふられて

   14年位前いつも友達とぶらぶらしてて

   13年位前思い切って告白してふられて、何もしないでぶらぶらしている自分を考えるようになり

   
 
   13年位前とりあえず何もしないでぶらぶらしてるのはかっこよくないと思いバンドをはじめ

   て(イエモンに憧れてました)ライブをやってみて妙な満足感があり  

   12年位前、バカだったけど大学受験やりきってはじめて目標に向かっていく喜びを知って

   11年位前、大学入ってみたはいいけどやりたいことがなく色々物足りなくて悶々としてて
    
   11年位前、ようやく好きな子とつきあえたはいいけどカラ回りしまくって
 
   11年位前、なんか色々くやしいし情けないし物足りないから、とりあえず何かしようと思い

   わりかし興味のあった服づくりの勉強をはじめてみて 

   10年位前、免許とって車で海とか山とか湖とか心霊スポットとかみんなで色んな所に行きま

   くって。。。


                      キリがないのでとばします


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   ここ最近デザインすることが楽しすぎて 

   ここ最近電車に乗らずに都内をのんびりバスで移動することにはまりつつあり 

   昨日、あるドラマを観てたらある女優が可愛いすぎ、さらにヤバイ曲を発見してテンション

   上がりすぎてカラ回りして、気を取り直しつつ 今、このブログを書いています。

       
        
   長くなってしまいすいません


   人にとっての‘今’ってどのようなものなのでしょうか。

 
  今って、‘今’この瞬間という点のようなものであるかんじがしますが、

  僕はそうではなくて、上で書いたようにひとりひとり微妙に違う形をした、無数の過去でで

  きた長い長いぶっといニョイ棒のようなものだと思います。その先っぽを一般的に今ってい

  うだけであって。

  だから、今には過去っていう本当はがっしりしていて心地良くて頼れるものがいつも、だれ

  にでもくっついているようなもんなんだと思います。


   何かに感動しているとき、高いモチベーションで何かに集中しているとき、それを感じるこ

  とができるはずです。 何かを見て、何かを聞いて感動しているとき、今その瞬間が感動し

       
  ているわけではなく、それぞれの長い長い、複雑に単純に大雑把に繊細に絡み合った過去の

  あなたの経験や出会ってきたもの、印象が感動しているのだと思います。


   だから、過去の自分A過去の自分B過去の自分C・・・と自分はいっぱいいるわけで、

  今の自分だけでなく過去の自分も楽しくなるようなことをたくさんして行きたいと

  僕は思います。今の自分だけでなく過去の自分もふるいたつようなことをして生きていこう

  と思います。できるだけたくさん。過去は過去で終わりではありません。少なくとも僕は過

  去を振返りまくってます。決してすごい過去ではないですが



   どんな過去もこの先ずっと続いていくものです。過去は今であり未来です。 未来の中の

  たくさんは今すでに存在しています。大切なのはそのひとつひとつの過去を感じながらの今

  であるかどうかだと思います。そして、その過去を知っているのはその人だけです。それが

  その人の世界です。その世界に人は感動するのだと思います。



       

2011年1月22日土曜日

恋するドレス

       
     



あけましておめでとうございます。
すでに一年の18分の1が終わってしまいました。仕事は終わっていません。
はやい。はやすぎます。時間たつのはやすぎませんか?そんなになまけていたわけでは
ないのに、かなりテンパって仕事しているような気がします。常にまったりじっくりと仕事を進めていきたいのですが、特に納期前のこの時期はてんやわんやしてしまいます。 
でもなんかいつものことだし、カラダ張ってなんぼのもんじゃい。 

仕事をしてるってありがたいことなんだ、そこ忘れんなよヨコタ。

さて、次のコレクションについて。前にも書いたように、去年の11月から毎日少しずつデザインを
進めてきたわけですが、あつい、アツいですね。あついあつい。

予定では4月の中旬か終わりごろ(もしかしたら5月入ってしまうかも。。。)に、東京の
どこかで展示受注会を行います。今回はどこか小さなギャラリーでも借りて単独でまったり
やろうと思いますので、一般の方も入りやすいかと思います。興味のある方は是非服を直接手に
取っていただければと思います。僕はたぶんひとりでボーっとつっ立ってることが多いと思われますので、それっぽいのがいたら適当に声をかけてください。

日程や場所は詳細が決まり次第このブログでもお知らせします。

テーマは「ドレス」です。なんでってドレスが好きだからです。
ひたすらドレスです。ドレスだらけです。シャツもドレスです。カーディガンもドレスです。
スカートもドレス。ドレスはドレスです。
全部ドレスです。 うそです。そうじゃないのも少しはあります。 でも、ほとんどドレス。
恋するドレス。かわいくかわいくてかっこよくって人なつっこくて繊細で、洗練されてるよ
うでやっぱり荒削りで、大胆で大ざっぱで 天然でやぼったくてかわいくてバカっぽい、思わず
ひとめぼれしてしまうようなドレス。なんかアホっぽいな

そういう服をつくるにはどうしたらいいのだろうか。 ひたすら服のことを考える。夢の中
でも考える。。。今までもけっこうそんなかんじだっただろ。これ以上どうしろというのか。
死ねというのか。 現状維持か、さらに一皮剥けれるかどうか。ここに新たなボーダーラインの
ようなものがあるのだろう。そのラインをとびこえて、なお嫌いにならずにやっていくには、
もっと好きになるしかありません。もっと好きになるしかないでしょう。 

もっと好きになるにはもっと好きになるようなものをつくれるようになること、これが一番
です。もっと正直になり、じっくりどっぷり服にはまりこむ。絶対にどこかにあるはず。

さがせさがせもっとさがせみつけだせ。

そしてこの先にひろがっているであろう、まだ現実には存在しない自分の新たな世界をイメージ
しつづけれるかどうか。
世間の常識とか一般論とか他の人がどうとか関係なくて、そういった世界があると思っていれば
それはどこかにあるわけで、あとはどうにかして他の人に伝えられるように現実に引っ張り出す
だけです。 

逆に、そんな世界はもう想像できない、そんなものは存在しないと思ったらそのとおり
そんな世界は存在しないわけです。 その人の自由です。
    
つまんない服なんてどっかいけ。何も感じない服なんて死んでしまえ。本気です。
      
             

2010年12月31日金曜日

自分の足で歩くこと








今年はよく歩きました。
僕は一ヶ所でずっとじっとしてるのが苦手で、ひまをみつけてはちょこちょこと散歩しにでかけます。この年で散歩が趣味ってどうなんだろ。まあいいや

自転車でアトリエから遠出をすることもあれば、てきとうに電車に乗って気が向いた駅で降りて、
その駅周辺を探索することもあれば、なんとなくとおりかかったバスに乗っていいかんじの所で
降りてぶらぶらしたりとか、はたまた仕事のついでとか、とにかくよく散歩をします。

その日の気分にもよりますが、かなりどこまでも歩きます。そして、その街のもつ他と似てる
けど、どこか微妙に異なる新鮮な空気を吸い込みます。

自分の足で歩くということは骨が折れることですが、どこを通ろうが自由です。
自転車をこぐのも疲れはしますが、どこに行こうが自由です。

だるいっちゃだるいですが、必ずしも辿り着けるとはかぎりませんが、電車では届かない
自分が本当に行きたかった所をみつけることができます。
そんな僕のカバンにはいつも地図が入っています。地図を見てみると、
東京など自分の生活圏に限定してみてもまだまだ知らない所だらけです。
普段よく立ち寄るあの駅も、ちょっと駅から離れたら知らない所だらけです。
僕はやはり変わり者らしく(自分に素直に生きているだけなんですが。。)、
道行く誰もが知っているような、例えば電車の駅の周辺や繁華街よりも、やや奥まった所に
あるような地元の人に愛されている公園や小さな商店街、雰囲気の良いスッキリとした
住宅街の方が好きだったりします。
そして、そういった場所を求めて歩くことは不思議と苦労ではありません。
それに、実際に地図を片手に東京の街を散歩してみると、
例えば、新宿駅から東京駅は以外と近くって自転車で気分転換するにはちょうどいいとか、
日暮里から後楽園もその気になれば歩ける距離とか、
電車だけのつきあいでは気づかなかった位置関係などの発見もありました。

なんというか、あたりまえのことかもしれませんが、自分の好きな場所とか見つけるべき場所は、
電車でチャチャっと行ける駅の周辺とか繁華街とかみたいにたくさんの人が訪れる場所、
誰もが知っているような所が全てなんじゃなくって、ひっそりとそれこそ普通なら行かないような、もっともっと色んな所にも本当はたくさんあるんだろうなと感じています。

ただ世の中の色々で見えにくくなっているだけでその人にとって大切なものは、本当は無数に
あるんだと思います。可能性はいたるところにかくれています。
あると思ってりゃあるもんです。たぶん。
何かに頼りすぎずに、鵜呑みにしすぎずに、自分の足でじっくりと歩きつづけ探しつづける
ことでその人自身ををみつけていくことができるのだと僕は信じています。
 
そういったものをみつけ出すために、これからもしっかりと歩きつづけたいと思います。
今年もありがとうございました。よいお年をおおお!!!!!

2010年12月24日金曜日

きれいなものは勇気をくれる

 

あほあほあほあほあほあほあほまじうんこよこた

最近あんまり出ていなかった悪いくせ。
過ぎたこととかまだ起こってもいない先のことばっかり考えて、肝心な「今」を生きていない状態。
未来に対して良いイメージを浮かべてるんならいいんですけど、
ダメなときの僕はわざわざつまらない所をあぶり出し、見つめて、
なぜだかあえてつまらないことばかり考えている。 
あんときあーしとけばよかったとか、こーしたらきっとうまくいかないとか、もうマゾかよと。
 
そのくせ行動は鈍い。そのくせ体裁とか外っ面は必要以上に気になったりする。
そんなお前誰も見てねーっつーの。臆病者め
つまらない想像がつまらない現実を創造する。あたりまえのことです。だけれども、
つまらない想像をなぜだかしてしまう。これも人間である以上しょうがないことなのでしょうか。

こういうときはきれいなものを見に行こう。おしゃれだとか深みだとか面白いとかはとりあえずいいから、ストレートにきれいだと感じれるもの。
たくさんの人のきれいな夢を見に行こう。


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そんなかんなで足利フラワーパークへ
たくさんの人たちのきれいな夢の集合体が、一生懸命、現実に現れていました。

       




















 
勇気をもって歩こう。うまくいくとかいかないとか、そういうお花死じゃないんです。
もっと素直なものなんだと思います。
世の中にはまだこんなにきれいなものがある。
そんなカップルだらけのイルミネーションの中を、やたらとテンション上がった男3匹で
ニヤニヤと不気味に動き回っていたのでした。 うおおりゃああー


  

2010年12月16日木曜日

人は鏡

 

あいつのこーいうところすごいやだ。あいつはいやなやつだから、きっとわたしがこうした
らあーするだろう。あーほんとなんなの。まじでむかつく。あいつだいっきらい。

「人は鏡」とはよくいったものです。今回は僕がとても興味深いと感じている
この言葉について書こうと思います。

その「あいつ」は「あいつ」でもあり、「私」自身でもあります。

どういうことかというと、全てを知っているわけでもない、むしろ一部しかしらない「あいつ」
に対して、無意識のうちに「私」自身の感情や性質、経験をかさねてしまい、その範ちゅうで
「あいつ」を判断してしまっているからです。

つまり、私がみている「あいつ」は、私の中での「あいつ」と、「私」自身であります。
そこにはもちろん「あいつ」も含まれますが(あいつをよく知ってるほどたくさん含まれることに
なります)、私の目に映る「あいつ」のかなりの大部分は「私」であるということになります。
ここでとても怖いこと。 「あいつ」に対してイライラしているということは、「私」に対して
イライラしているということ。自分に対して攻撃していることにもなります。 誰かに対して
イライラすると、そのイライラは解消されるどころか徐々に蓄積され、どんどん悪い循環に
はまって、しまいにはそんな自分を嫌いになり、自分の存在すら否定することになってしまい
かねません。 それは「あいつ」に映し出した「私」を攻撃しているからです。

人のことを嫌いになるにはそれ相応の覚悟が必要って映画かなんかで聞いたことありますが、
つまるところこういうことも含んでいるかなと思いました。
 
誰かを嫌いになるということは自分を嫌いになるということに、けっこうチョクでつながって
しまうのです。面白いですねー

「人は鏡」

僕はこの、色々な深い意味を見い出すことができる言葉が何気にやばい面白いと
常々感じていて、その面白さをそのうち言葉にしようと思っていたのですが、
いかんせんいざ文章にしようとするとなんだかこんがらがってしまい、又、自分の言葉に
なかなかできず結局ありがちな文章になってしまったりと、なかなか書けないでいました。
とりあえずある程度分かりやすく?ひとつ書けてよかったよかった。

今回の内容は「人は鏡」という言葉から見い出せた、僕が勝手に大切だなと思う、
そしてとても興味深いと感じている側面のうちのひとつです。
この言葉はまだけっこー色々な意味を持っているので、またそのうち別の側面も書こうかなと
思います。 そして、その言葉のもつココロをみつめ、探していくことは
僕の永遠のテーマでもあります。