2012年10月28日日曜日

服の心


~はるかきみへ 2013春夏コレクション発表予定~


*ビジュアルイメージ発表*


撮影したコレクションのビジュアルイメージを11/20辺りで
はるかきみへ のホームページのcollectionページ上で発表します。
その後ルックブックとして展示受注会の招待状として送付します。


*展示受注会日程*

一般の方のご入場も大丈夫ですので、お気軽にお越しください。
前回同様に、アトリエにあるこれまで制作してきた商品やサンプルも販売いたします。


12/10(月) 15:00~20:30
  
12/11(火)~12/14(金) 11:00~20:30
     
12/16(日) 13:00~20:30

※12/15(土)は会場の都合により休業となります。


会場  Irie Yawd(アイリヤード) gallery

住所:東京都渋谷区神宮前4-25-7-302      TEL:03-3470-1825

原宿キャットストリート沿いのマンションの3F(隣が美容室です)にあるギャラリーです。







僕はいつも最強の服をつくりたいと思っています。
服として、絶対的に可愛い服です。

僕はいつも可愛い服をつくることを考えて生きています。
なんか最近こんなことばっか書いてるな。まあいいや。大体そんなことしか考えてないってことで。

可愛い服をつくるために空とか星とか海とか雨とか花とか季節の匂いとか綺麗なことも
頭に浮かべれば、ニヤニヤ女の子のこと考えて(ごめんなさい)勝手に気持ち悪い妄想して
勝手に回復してみたり、言葉にも出せないような過去のクソむかついた出来事や
悔しい経験を思い出しては自分を奮い立たせたり、そういう僕自身の綺麗な心も
気持ち悪い心も素晴らしい経験もクソみたいな経験もひっくるめて、
決して透明ではない、茶色い泥水のような純粋?な何かを、ぐちゃぐちゃになろうが
何でもいいから僕自身をとおし、最終的には僕の可愛い服という表現物に変換したいとのです。

そんな服にはきっと心があります。
そんな服からは手に取る人の心に何かがしっかりと届くはずです。つうか届け。
その心の絶対値が大きいほど、僕にとってのより素晴らしいものです。

まあ、僕は感情豊かなポンコツ服変換機みたいなもんです。
そんな僕のやや気持ちわるい泥水的な服を「可愛い!」と受け入れてもらえるだけで、
生きてきた甲斐があるってもんです! 変換機はとても嬉しい。

できれば全部そんな服ばっかのコレクションがいいですが、まだまだ未熟な変換機の僕だ。
最強かどうか、心に届くかどうかなんて人の感じ方それぞれでもあるのでよくわからないけど、
ひとつのコレクションのうち一着二着でもできるだけたくさん届けたいです。



                       *  *  *



以下、余談。

前回、気合い入れまくった分、それよりも可愛いく、変化もつけて、、、となるとこりゃあ大変だ。
全力でいっても足りない。正直もがいている。時間もない。

「あうあ、うえーっ! くそー!!最強の服ができねえよおおーザラキザラキぱるぷんて」
みたいなかんじで、アトリエでもがき転げてたら、
プレス?のえりんこからめずらしく説得力のあるひとこと、
「自分が変わらないと服も変わらないぜ。」 だとさ。
むむむ、まあ、たしかにそうだ。つーか生意気だ偉そうに。えりんこのくせに。

でもたしかにそーだ。

いくらでも浮かんでくるから、デザインには困んねーぜ!なんですけど、最近ちょっと困ってます。
このデザイン、可愛いんだけど、今までとあんま変わらんぞ、となることが多い。
これまでと変わらず可愛いものをつくるということは、一見いいことだとは思うのですが、
” これまでどおり ” というところに落ち着いたらだめだだめだだめだ。

それはこれまでの自分に甘えているということだ。多少甘えてもいいが、甘えすぎはだめだべ。
もし未来の俺が今の僕に甘えまくってきやがったら、蹴り飛ばしてカンチョー食らわしてやる。
つくるモノがよりアツい方向に変わっていくということは、
つくっている僕自身がよりアツいおっさんに変わらなくてはならない。

同じ人間の表現がいきなり ポン!と変化することはなく、
精神的にも知識的にも技術的にも人間的、、、なんでもいいや。とにかくどれでもいいから、
人間の表現が大なり小なり変わるということは、そいつ自身が変わるということなのか!

とかまあ、そんなかんじのこと考えながら元気に生きてます!それではまた!



2012年10月15日月曜日

本能


世間はファッションウィークの真っ最中。

僕はというと、、風邪ひいてしまい寝ています。布団の中で風邪と戦っています。
意地でも今日中に治そうと、風邪に効くツボを調べては押しまくり、
栄養ありそうなものを食べポカリ野菜ジュースサプリメントたくさん飲んでは寝て、
無理矢理僕の体から風邪を追い出してやるのであります。






そんな中、昨日から高島屋新宿店6Fのエレベーター横っちょに、今月23日まで
おとぎ話とファッションというコーナーが設けられ、他のブランドさんといっしょに、
はるかきみへの服も横っちょに並んでいます。画像は売り場の写真です。
10/21の日曜の15時~20時、僕も売り場付近をうろついてるので、
よかったら話しかけてみてください!
ちなみに10/31(水)~11/6(火)は高島屋大阪店の3Fで同じように並びます!


次のコレクションのビジュアルイメージの撮影まであとちょうど1ヶ月(展示会は12/10~)!!
ただでさえおそいを通り越してアホだろってかんじにおそい発表なのに、それでも時間がない。
いや、時間がない、ということはない。時間だけは誰にでも平等だ。
ないのではなくて、時間が過ぎていくのが早すぎるというべきか。

まあ、だからどうした。しょうがない。そういう服づくりだ。
ガタガタ女々しいこと言わずに、どっぷり自分の世界につかりつづけてみよう。

もちろん最低限の時間は必要だけど、大事なのは時間じゃない。集中力なのだ。
人間は基本、余計なことを考えている生物です。人間は虫や他の動物と違って、頭が良すぎる。
頭が良いほど、余計なことを考えるものです。どうでもいいことや無駄に理屈っぽいことや
言い訳やら変な妄想やら、、、

この薄汚れた人間社会を生きていくには必要な雑念もたくさんありますが、
とにかく余計なことばかり考えてしまいます。

こんなこと言っている僕自身も次のコレクションに向けて、あんまり賢くない頭であれやこれや
理屈っぽく考えることはしました。そんでもって、もういい加減考えるのも飽きてきました。 

何かを表現するとき、頭もそりゃあ使います。一応にんげんですからね僕も。
でもやっぱり結局は、心を体を使い集中して集中して集中して、はじめて自分の心の奥を捉えることができるのだ。

はるかきみへを好きな人に”今”の僕は何が表現できるのか、ということ。それだけを考える。
意味あろうが無かろうが無駄だろうがうんこだろうが、僕は動物になるのだ。

じっと見据えて、必ずつかみ出してやるのだ。 グォーーーーーーーン!!

あと一か月。ここからは本能の期間です。服をつくるためだけに存在するヨコタという動物、
本能の獣サーベルタイガーヨコタになるのです。

グガオオオオオェェェェェ

と思ったけど冒頭のとおり、あいにくサーベルタイガーヨコタは風邪ひいてしまったので、
布団に入ってツボを押しながらこのブログを書いているというわけです。携帯をポチポチさせて。
さっさと風邪野郎なんてぶっとばしてやります。

服があって、着てくれる人がいて、僕がいる。
次のコレクションは、さらにたまらない服をつくってやりますのでお楽しみに☆



2012年8月14日火曜日

小学生のころ描いた漫画

 












僕が小学校5年だか6年だかに描いた漫画です。我ながらなかなか力強い作品ですね。
当時人気の漫画、「セイント聖矢」のパロディーのようです。
聖矢の本編で全くスポットライトを当てられなかった超絶ザコキャラの、ライオネットの蛮(バン)という冴えなさすぎるキャラを無理やり主人公にしちゃってます。

なんだこれ。 ろくでもない漫画ですね。
無駄にたくさん、まるまるノート1冊分描いてるようなので、そのうちこの続きも晒していきます。
それにしても小学校のころの俺、こんなもんたくさん描いて、何考えて生きてたんだろうか。

前に漫画家を目指している友達にこのクソ漫画を見せたら、
「勇気をもらった」 と言われちまいました!

漫画家をこれから目指そうと思ってる人、音楽、デザイナー、なんでもいいや。迷ってる人。
とりあえずなんでもいいから、つくりたいものを、つくり、表現したいものを表現すればといいんじゃないかと思います。

具体的なカタチとして。
こんなクソみたいな漫画でも、案外勉強になりました。たぶん。
もちろんつくる系だけじゃなくて、例えばまじガチで服が好きだぜって人は、
自分のスタイルをさがして自分の着方をガンガンしてください。
服をとおして自分を覗き込むのであります。

できるだけ開き直って、他の誰かの影響とか色々あるものですが、そんなのどうでもいい死ねと押しつぶすくらいの、濃いあなたの心で選んで服を着てください。
そんなふうに育まれていくおしゃれこそ最高級だと僕は思います。

開き直りすぎてとんでもダサくなり黒歴史となることもありますが、そんな黒歴史は、
素敵でありんす。

何かを表現していくうえで僕が一番大切だと感じていることは、
未熟だろうが何だろうが、限られた時間内で今現在できうることをその作品の中で
どれだけ注ぎ込めるか ということです。

それは技術や知識ではなく、人間力、その人そのものを注ぎ込む力です。
その力の秘密はその人しか知らない、その人だけのもの。さがしつづけるもの。
必要な技術や知識は、つくっていく中で経験として、その人の肉になるように、
自分の意思で学ぶものです。

そして、できるだけたくさんたくさんつくり、作品としてその人自身を積み重ねていき、
その人は絶対的になっていけるのだと思います。

たくさんつくりましょうぜ。 たくさん挑戦しましょうぜ。
 

2012年7月28日土曜日

リアル

 








僕の普段の生活です。

朝 マックかドトールかどこかのカフェで必ずコーヒーを飲み気合を入れ、
テンション上げながら服のデザインを考える。 おっさんひとり朝からハイテンションだぜ!!

そして仕事。

最近は生産期なので、型紙やら自分で切ったり縫ったりやら、指示書やら、
とにかくたくさんつくってます。
僕の服はふざけんな細かいので、それはもう混乱してきて色々と発狂しそうになることもあります。

昼。 僕は食べると眠くなる習性があり、昼ご飯は食べず、アイスとかですませることが多いです。

さらに仕事。たまに休憩で近所を散歩。マレに色々いやになってそのままどこかに
遊びに行くこともあります。
そんでもって夜から夜中、ぶっとおしで仕事。仕事仕事。仕事だぜ。

夜中2時位に再び近所のマックに行き、夜中の妙なテンションとともに
コーヒー飲みながらデザインなどをする。
デザインは楽しいです。夜中はなぜだか妄想が膨らむのであります。妄想の海を泳ぐのだ。
ちなみに僕は、水に浮くことはなんとかできますが、泳げません。

晩ご飯は一応健康に気を使い、ご飯と魚系と温泉卵と豆腐&納豆。
メニューは面倒なので大体毎日いっしょ。
たまに外食もします。まあ、ぶっちゃけけっこうなんでもよろし。大体おいしい。
それからシャワー浴びて、寝ながら服的なこと考えてるか携帯いじってます。

デザイナーだけどいつからか自分の着る服には全く興味なし。なぜだ。
楽な格好ならなんでもいい。
髪の毛が鬱陶しくて思いきって坊主にしちまおうかと思ったくらいだ。しないけど。

趣味はその辺をぷらぷらすること。きもだめし系。自然系が好き。釣りが好き。廃墟好き。
気持ち悪い妄想が好き。ど田舎に望遠鏡で星を見たい願望あり。
ちょっとロマンチックなおっさんです。F1も好き。

かっこいい趣味がひとつもないじゃねーか。
なぜこうなった。

改めて自分の生活を考えてみる。なんなんだろうかこれは。
デザイナーってもっとおしゃれで華やかだろ。
こいつは服やってればなんでもいいのか。

ぶっちゃけ、なんでもいいのです。

服(をつくること)以外、まともに興味のあるものがない。
デザイナーは感性を磨くために色々なものに興味をもって色々見て体験して。。
とか思われることもあるかもですが、
困ったことにほとんど興味の湧くものがありません。興味のないことなんてやってたまるか。
服づくりさえやれればなんだってかまいません。もう死んでもいいかなとか思う。死なないけど。

全部服にあげましょう。だからもっとすんごい服をつくれるようになります。
こんな、服やってなきゃクソクソクソみたいな男ですが、はるかきみへ の服が好きだと
言ってくれる人がいる。
そういう人たちを裏切るわけにはいきません。

それにしても僕はなんでこんななのか。
僕自身がもっとおしゃれで、器用な人間であれば、もっとおしゃれで器用なブランドに
なっているでしょう。

僕自身がおしゃれで器用な人間でないから、その分、もっと可愛い服をつくってやるのです。
おしゃれで器用でなくていいから、その分、もっと自分に正直に生きるのです。
僕みたいなうんこ野郎はもっと自分剥き出しでいかないと、
本当のレベルでのおしゃれで器用な人たちに負けちまいます。

これが色々自分と世の中と向かい合ってきた結果なのだ。 それだけの話です。
この世の中、生半可なことは、基本通用しない。
だから特別可愛い服をつくる以外、僕に価値はないのであります。



 

2012年7月12日木曜日

この世とあの世~みえない世界~

 





死んだらどうなるか。考えてみた。

まあ、特に何もないのだろう。死んだら意識がなくなり、終了である。


でもそれは僕にとっては真実ではない。

理由は簡単。 それではつまらないからです。

想像力のない、ただのつまらない一般論のひとつである。そんなのはどうでもよろし。


僕はあの世だとか宇宙だとか次元だとか時空だとかパラレルワールドだとか、幽霊だとか、

光の速さに近づくほど時間が止まるだとか、最近だとヒッグス粒子だとか、

そういう人智を越えているようなよくわからない、解明したくてもなかなかできない、不思議なものが大大大大大好きでして、

思い浮かべているだけで最高にワクワクします。


そんな僕はいつのころからか、特に本気で服をつくるようになってから、

あっちの世界や異次元、宇宙、幽霊、はたまた人の心・・・

それらひっくるめて、みえない世界。心って、感情って、気持ちっていったい何なんだろうか。 

この、みえない世界っていったいなんぞやと、きっとステキな秘密があるにちがいないと、

勝手に考えるようになりました。


どうやったらそれらをつくる服たちに入れることができるのか。
 

想像をすることは自由であります。そして、それが楽しいのだからしょうがない。だから、

いつものごとくワクワクしっくりくるように、勝手に理屈をつけては好きなように想像していました。

自分の経験などと照らし合わせ、こんなかんじだったらなんとなく納得いくし面白いなといったかんじに。

そしてそれこそが僕にとっての真実であります。思いっきり想像力を働かせるのであります。


そんな横田的解釈の ”みえない世界” を、ざっくばらんに当ブログにてまとめてみることにします。



ずばり?みえない世界とは、感情とか記憶でできた世界だと思います。
死んだあとに行く世界も同じようなかんじです。

まず、僕たちが暮らしているこの世、現世を、物質が基準の世界であると仮定します。 
物質、つまり質量のある世界。

みえない世界はその逆なのです。物質のない世界。質量というリミッターのない世界。
つまり、
今僕たちが暮らしているこの世界が物質 + 記憶感情だとしたら、
見えない世界は、記憶感情オンリーの世界、ということだ。

感情と記憶だけ?で成り立つ世界。 だったら面白い。
そして、その世界には今も片足つけている。心の中とか夢の中がそれです。
そして、この世の中のよくわからない不思議なこととか、ワクワクすることのたくさんは
その世界にあるんだと思います。

なんせほとんど感情と記憶だけでできていますからね。自由すぎる世界です。
死んだらこの世に魂だけ抜け出るんじゃなくて、記憶と感情オンリーの、
いわゆるあの世、見えない世界にワープしていくのです。

さらにつきつめてみる。

光と影があるように、世の中は対立するものどうしで成り立っています。
あっちの世界とこっちの世界は合わせ鏡のようにかさなり合っていて、お互い影響し合っている。
影響し合っていますが、合わせ鏡なだけに、色々ほとんどが真逆になります。
逆ということは、見えない世界は時間とかもない世界かもしれない。

僕たちの暮らす世界とは逆で、光の速さが基準ということもあり得るのではないか。
質量がないということは、感情や記憶は光に近い存在であり、光の速度が基準なのかもしれない。ということは、
時間という概念もなくなるか、もしくは時間に対して自由になるかもしれない。
僕が暮らす物質世界にいても心の中ではある程度、時をさかのぼることができます。
つまり心の中ではあっちの世界とつながっているわけです。 ヤバい、おもしろい。

なんだかマニアックなかんじになってしまいましたが、
そんな不思議で楽しい?見えない世界とたくさんうまくつながることで、
色々な発想やエネルギーを頂き、僕自身とうまく絡み合わせて服をつくっていくのであります。 
そしてもっともっと自由になるのです。

ちなみに画像の猫はお向かいのレタルさんの飼い猫のピノコ。
ピノコのぷりっとした感覚は、今でも体にしみついています。よく一緒に寝てくれました。
こやつは猫のくせに人が好きで、空気が読め、けっこうかまってちゃんで、されるがままで、
猫のくせにたぬきで、よく食べ、よく食べ、デブで、愛嬌があり、
女だけどおっさんみたいな寝相で、お尻がぷりぷりしてて、目がくりっとしてて、
太っていて、デブで、たくさんの人に愛される猫でしたが先日、交通事故で
この世から旅立ちました。 もう一緒に寝ることもできません。

デブのあいつはもう骸骨ですけど、
僕の心の中にこやつは存在します。かわいいやつですからね。
そして、僕以外にもたくさんの人に愛され、たくさんの心の中にもこいつはいます。
きっとみえない世界をピノコ色に満たしてくれていることでしょう。

僕はそこから力を頂きます。
見えない世界とつながるのです。